牛乳一家│第一話 特戦隊の失敗
背後から聞こえる爆発音に振り向くことなく走る。空には黒煙が渦巻き、呼吸する度に焦げくさい嫌な臭いが喉と鼻を苦しめた。
砲撃は止むことなく続いている。が、敵の攻撃も止むことはない。
男は既に戦意喪失していた。重たい銃は逃げるのに邪魔で、捨ててしまった。戦う術すらもうない。
地響きと共に悲鳴があがった。揺れる地面に足をとられて、男は地面に倒れた。
揺れがおさまるのも待たずに男は起き上がり、再び走る。
破壊音はすぐ後ろに迫ってきていた。進行方向にあった塔が、流星のような光に貫かれて爆発する。降り注ぐ瓦礫が男の全身を打った。
男は立ち止まって必死に頭を庇う。そして気が付いた。周囲の銃声がぱったりと途絶えている事に。
近付いてくる足音に、とうとう男は振り返る。あ、あ、あ、と意味のとれない言葉が口から漏れる。
「鬼ごっこはもうおしまいかぁ?」
にたり、と笑いながら追跡者は男の頭を掴んだ。
次の瞬間、男は自身の頭蓋が砕ける音を聞きながら絶命した。
【第一話 特戦隊の失敗】
「おいリクーム、また殺しちまったのか?」
呆れた響きを含んだ声に、リクームは頭の潰れた死体を放り投げながら振り返った。
「いいじゃないの、バータ。どうせ、兵士はあの装置の秘密を知らないんだから」
リクームの言葉にバータはため息をつく。
「そうは言っても、もうこの星の生き残りは僅かなんだぜ。そろそろ慎重に行動しろって隊長も仰有っていただろ」
バータはスカウターを弄りながら周囲を見渡す。武装した兵士の亡骸が荒れた庭園のそこかしこに横たわっている。気弾が地面を抉り、芝生にクレーターを残していた。
周囲に戦闘力の反応がないのを確かめると手近な瓦礫に腰を下ろした。懐からチョコレートを取り出してかじりつく。
「そろそろ制圧終了予定の日だ。急がないとやばいぜ」
「オレだって分かってるさ。でも知っている奴がいないんだからしょうがないだろ?」
「まさか最高機密になっているとはな……考えが甘かったぜ」
「なんとしてでも調べないとならないな。コスモ石のエネルギー変換方法」
惑星プチーノ。
現在、ギニュー特戦隊がフリーザに命じられ攻め落としている最中の星だ。
地表の殆どが岩と鉱物に覆われ、人々は星で唯一の湖の畔に国を作り暮らしていた。
銀河の外れの小さな星だが、他星との交易は盛んに行われており、毎日異星の宇宙船が花に群がる蝶のようにプチーノ星に訪れた。
プチーノ星は華こそないが、魅力的な蜜を蓄えていたのだ。
プチーノ星の殆どがコスモ石という珍しいレアメタルが採掘される鉱山で覆われている。このコスモ石からは燃料となるオイルを抽出することができるのだ。コスモオイルは少量でも強力なエネルギーとなるので、様々な分野で重宝されていた。特に宇宙船や飛行船等、機械の燃料として使われている。
しかし、コスモ石から一度に採れるオイルは極僅か。その為、コスモオイルは惑星間で高値で取引されていたのだが、プチーノ星の人々は微量のコスモ石から大量にオイルを抽出する方法を独自に見つけ出した。上質で万能なエネルギーが大量に安く手に入れられると、異星の貿易船が毎日買いつけに集まっていた。
蝶は入れ替わり立ち替わりに蜜を吸い、空に飛び立ってはまた舞い降りた。
しかしある日、その花の蜜は招かねざる客を誘ってしまった。
『バータ、リクーム!戻ってこい!』
前起きなく通信で名を呼ばれ、バータはチョコレートを喉に詰まらせ激しく噎せる。
なんとかチョコレートを飲み込むと、急いで返事をした。
「はい隊長!」
『バータ!今はおやつの時間ではないぞ!リクーム!殺すのは情報を聞き出した後にするんだ!』
スカウター越しのギニューの声には焦りが混じっていた。 その声が何より事態の深刻さを物語っている。
バータとリクームは揃って返事をすると、急いでスカウターでギニューを探す。小さな電子音と共に、ディスプレイに地点と反応が表示される。
ギニューの反応の傍にジースとグルドの反応、そして百ほどの小さな反応があった。
「お?まだこんなに生き残りが居やがったのか」
「妙だな、ここは三日前にもう調べた場所だぞ」
『妨害電波を発生させる装置でスカウターの探査から逃れていたようだ。奴等は地下に隠れている。ジースが偶然、妨害装置を破壊して分かった』
「では、ここが俺たちの探していた……」
『プチーノ星の王宮だ。急ぐぞ。奴等にコスモ石の事を吐かせるにしても、拷問にかける時間があまり残っておらん』
「分かりました、隊長。すぐに向かいます」
『時間が惜しい。オレたちは先に行っているから後に続け」
「「はっ!」」
『行くぞ!特戦隊ーーー!!ギニューファイトーーー!!』
「「うおおおおお!!」」
スカウター越しに聞こえるギニューの声に合わせて二人は拳を空高くあげてポーズを決める。そして、スカウターの示す場所を目指し飛び立った。
ギニューは地面に向かって手を翳すと、気弾を撃ち込んだ。
青白い光が広がり、轟音と共に地面にぽっかりと穴があく。ジースとグルドが先陣を切って穴に飛び込む。
気弾は王宮の天井を破り、廊下の真ん中を貫いていた。侵入者を知らせるサイレンが鳴り響き、警備兵が銃を抱えて駆けてくる。
ジースとグルドが廊下に降りた瞬間、警備兵たちが一斉に銃撃を開始した。全ての音が豪雨のような発砲音でかき消される。
「ぐあっ!!」
一人の警備兵が跳弾で倒れ、それを合図に射撃が一時中断される。大丈夫かと声をかけようとした警備兵は、足に激痛を感じて床に転がった。己の足にも肉を裂いて銃弾がめり込んでいるのを見、愕然とする。傍らに立っていた者も一人、また一人と蹲って呻き声を上げる。
「盛大な歓迎ご苦労さん」
廊下に散らばる空薬莢を踏み潰し、ジースが弾丸を指で弄びながら笑った。グルドの周囲で念力によって動きを止められていた銃弾が床に落ち、乾いた音を立てる。
かすり傷一つ負ってない二人を恐怖の面持ちで見上げる警備兵にギニューが問いかけた。
「さぁ、大人しくあの装置の秘密を喋ってもらおうか」
「し、知らない!」
「隠すとどうなるか既に分かっているだろう?」
ジースが指で銃弾を弾く。銃口より発射されたそれよりも遥かに威力を増して警備兵の肩を穿つ。警備兵たちが跳弾だと勘違いした弾丸は、全てジースの指弾によるものだった。
「がはっ!!」
「さぁ、次はどこに当ててやろうか」
「し、知らない!本当に知らないんだ!!」
警備兵は必死の形相で訴える。その様子を見るに本当に知らないらしい。誰一人としてギニューの問いに答える者はいない。
「では、この星の王の居所を教えてもらおうか」
「そ、それは……」
言い淀んだ警備兵のこめかみを、爆音とともに銃弾が貫いた。血が吹き出しながら体が傾ぎ、前に倒れる。事切れた兵を一瞥すると、ギニューは弾の飛んできた方向を振り返る。
足を撃たれて身動きのとれなくなっている兵の一人が、震えながら引き金に指を添えていた。ギニューと視線が合うとその銃身を咥えてそのまま引き金を引いた。それを見た警備兵も次々と自身に銃口を向けて引き金を引く。
「フリーザ一味に屈してたまるか……!」
最後に残った警備兵は苦々しげに吠えると、自らが撃った銃弾に撃ち抜かれて倒れた。
むせ返るような血の匂いが漂う中、ジースとグルドは廊下に流れる血で足を汚さぬように少しだけ浮きあがった。
「口封じの為に自ら死んだか……此処にいても仕方がない。行くぞ」
ギニューが踵を返した時、天井の穴からリクームとバータが降りてきた。血まみれの廊下と自害をした警備兵達を不思議そうに見ている。
「隊長、随分派手にやりましたね。いいんですか?」
「いや、ギニュー隊長じゃない。こいつらが勝手に死んだんだよ」
リクームの問いにジースが答える。
「おかしいわねー。スカウターの反応がいっきに減ったから派手にやっていると思ったのに」
「何だと?」
リクームの言葉に一斉に特戦隊メンバーはスカウターに手をかける。先程まで密集していた光が今は疎らになっている。見ている間にも反応がみるみるうちに減ってゆく。
自分達以外にも侵略者がいたのかとグルドが呟いたが、それらしき反応はスカウターに見られない。幾つかの反応は逃げ出そうと動き回っているように見えるが、それ以外の反応は戦闘力が激減したかと思うとそのまま消滅する。
ギニューは銃を手にしたまま息絶える死体を見て顔色を変えた。
「まさか、きゃつら秘密を守るために自ら死を……!」
「そりゃあマズイですよ隊長!フリーザ様が一番知りたがっていらっしゃるのはコスモオイルの抽出方法なんですから!!」
「言われなくても分かっている。手分けして生き残りを捕まえるんだ!!」
ポーズをとる暇さえ惜しんで、特戦隊は僅かに残るスカウターの反応を目指して四方へ散った。わざわざ廊下を道筋通りに進むなど面倒な事はしない。反応のある場所へ向かって壁を突き破って直線上に進む。気を纏って高速で飛行する彼らの前に、壁は壁の役割を果たさなかった。
壁を壊して通過していく部屋には、グラスを握り締めたまま事切れている若い婦人や子供の姿もあった。念のためスカウターで倒れている人間が確実に死んでいるのか確認しつつ、王宮の奥を目指す。
いつの間にか四方に散ったメンバーは全員同じ方向を目指していた。もう一箇所にしか生き残りがいなかったからだ。スカウターの示す場所と特選隊の位置が重なる。
部屋の壁一面を突き崩し、特選隊は部屋に突入した。
そこには初老の男が二人、恐怖に引きつった面持ちで部屋の奥に立っていた。籠城してやり過ごそうとしていたのだろうか。特戦隊が壊して入ってきた壁の向い側に、金庫を思わせる重厚な扉があった。二人はその扉を開けようとしていたらしい。
ギニューは男二人の顔を確認して口角をあげた。男の一人は資料で見た顔だった。プチーノ星の国王だ。
国王は、自分が何者なのかを感付かれた事を悟り、苦渋に満ちた表情で歯を食いしばった。もう一人の家臣らしき男は、慌てて文机にのったグラスに手を伸ばし、一気に煽る。自殺するつもりなのだろう。
「……っ……な、なぜ!?」
男は、グラスを握ったはずの手を見て愕然とした。
手の中は空っぽだった。口の中にも薬の味はない。文机の上を確認するが、そこにもグラスはない。忽然と消え失せたグラスを探して男は部屋のあちこちに視線をはしらせる。
狼狽する男の姿を、特戦隊の面々は嘲笑った。
「探しているのはこれだろう?」
グルドは、毒薬の満たされたグラスを見せびらかすように高く掲げる。
男がグラスを手にした際、時間を止めて奪い取っていたのだ。
「な、何故……!」
「まだ死なれちゃ困るからな」
男が弱々しく手を伸ばしたのを見計らって、グルドはグラスを床に叩きつけた。高い音をたてて、中身が床に飛び散る。男の手は虚空を掻いて力なく垂れた。
「随分手間をかけさせてくれやがって。さぁ、コスモオイルの秘密を洗いざらい話して……」
ギニューの言葉は、激しく噎せて嘔吐く音にかき消された。
国王が床に膝をつき、血の混じった泡を吹いてうつ伏せに倒れた。暫く手足が痙攣していたが、すぐに動かなくなる。
リクームがつかつかと歩み寄り、国王の頭を蹴飛ばして仰向けにさせる。
「小賢しいぜ、奥歯に毒を仕込んでやがったな」
ギニューは部屋に入った時、国王が歯を食いしばった事を思い出す。あの時にはもう、国王は死を選んでいたのだ。
思い通りに事が運ばない苛立ちにギニューは舌打ちをし、部屋に残った男を忌々しげに睨み付けた。
男は震え上がって部屋の壁に張り付いた。ギニューは大股で近寄り、男の胸ぐらを掴んで揺すぶる。
「吐け!コスモオイルの製造方法を!」
男は恐怖で震えながら黙って揺すぶられていたが、やがて壊れた玩具のように笑いだした。
常軌を逸した不快な笑い声に、ギニューの眉間の皺が深くなる。
「ひゃはははは!も、もう遅い!コスモオイルの抽出装置を動かせるのは王家の者だけだ!!陛下が亡くなられた今、誰もあの装置を動かすことはできないんだよ!ざまあみろ、フリーザ一味め!!」
「何だと……!?」
「ひひっ、何もかもが武力で思い通りになると思うなよ!プチーノ星の民はけして貴様らに屈しはしない!」
男は唾を飛ばし、泣き笑いながら叫ぶ。
「貴様らは負けたんだよ、プチーノ星の民に!!」
男の言葉で、ギニューの額に青筋がはしった。ギニューは手のひらを広げて男の腹に向かって気を放出する。
紫色の閃光が男を包んだ。それは炎のように男の体を舐めつくし、焼き払う。黒焦げになった残骸が一瞬だけ閃光の中に浮かび上がり、僅かな塵だけ残して床に散る。
スカウターの反応が、特戦隊五人の反応を残して消えた。
「……くそっ!!」
バータが壁を殴り付ける。壁が蜘蛛の巣状にひび割れ、天井から埃が落ちた。
どうしようもない現実に、特戦隊の面々は額に汗を浮かべて必死に考える。
初めての任務失敗だった。
フリーザから大きく期待を寄せられている彼等の失敗は、そこらの下級兵士の任務失敗とは比べ物にならない責任がある。
フリーザからの失望と怒りは免れることは出来ないであろう。
重苦しい沈黙が室内を満たした。
ジースは手袋の上から爪を噛みながら部屋の中を彷徨きまわり、思い付く限りの弁解を考える。
思い付く言葉はどれも言い訳がましく、とてもフリーザを納得させられそうにない。
ふと、視界の端に点滅する光を捉えて状のは立ち止まった。スカウターの反応ではない。
国王の遺体が転がるその向こう、頑丈な金属の扉の横に見覚えのある装置があった。赤いランプが規則正しく点滅を繰り返している。スカウターの探知を遮断する、妨害装置だ。
ジースは迷わず気弾を装置に撃ち込んだ。装置はいとも簡単に鉄屑に変わる。
「何事だ、ジース」
「さっきのスカウター妨害装置です!もしかすると……!」
ジースが全て言い終える前にスカウターが作動した。小さな電子音と共に、スカウターが一つの反応を示す。
「!?」
ギニュー達は目を疑った。
生き残りの存在に驚いたのではない。驚くべきはスカウターの示す戦闘力の数値だった。
この星の人間の平均戦闘力より遥かに高い数値を、スカウターは示している。
「戦闘力8000?そんな戦闘力の高い奴、この星じゃ見なかったぞ」
「何でったんで、そんな奴をこんな所に閉じ込めてやがったんだ?そんな奴がいるのなら、ちまちま銃なんか撃ってこないで最初から出してくればいいのによ」
「人間ではないかもしれん。外敵と戦わせる為のモンスターを閉じ込めていたのかもわからん。罠の可能性もある」
ギニューは扉に手をかけ、力づくで抉じ開けた。金属の扉が飴のように捻れてひしゃげる。
「何にせよ、このギニュー特戦隊の敵ではない。行くぞ!」
「「「「おうっ!!」」」」
ギニューは腰に手をあて、人差し指を天高くあげ振り下ろす。それを合図に残る隊員達は部屋の入り口を扇状に包囲して向き直った。
準備が整うと、ギニューは捻れた扉を掴んで背後へ放り捨てた。扉は家具を薙ぎ倒しながら床を滑り、壁に激突して止まった。
完全に隔てるものがなくなり、ギニューは大股で部屋の入口をくぐった。
部屋の中は完全な闇だった。入り口から差す明かりだけでは、部屋の全貌を把握することはできない。
暗い視界の中、スカウターが光を点滅させて部屋の主を指し示した。
ギニューの膝程の背丈しかない、小さな少女がそこにいた。
飾り気のない白いワンピースに身を包み、長く伸ばした髪を床に引き摺っている。手には、宝石を散りばめた繊細なつくりの杖が握られていた。華美な杖は、少女の服装にまるであっていない。
少女は無言でギニューの立つ方向を見上げている。
表情は分からない。
何故なら、少女の両目は黒い布でしっかりと目隠しをさせられていたからだ。
腕も足も細く、華奢な子供だ。しかしスカウターの反応は間違いなく目の前の少女を指し示している。
ギニューは一瞬、スカウターの故障かと疑った。しかし、すぐに考え直す。特戦隊全員のスカウターが同じ戦闘力を感知していた。全隊員のスカウターが壊れているとは考えにくい。
ギニューは少女の顔から目隠しをむしりとった。少女はその瞬間に肩を跳ねさせて震えたが逃げ出す素振りは見せなかった。
目隠しを外された少女は、透き通った瞳でギニューを真っ直ぐ見つめた。
数秒間、ギニューと少女は無言で見つめあう。
ギニューが口を開きかけたとき、少女はあどけない、満面の笑みを浮かべてギニューの足にしっかと抱きついてきた。握られていた杖が床に転がり、ギニューのつま先に当たって止まる。
予想外の少女の行動にギニューは面喰い、されるがままにされていた。後から部屋に入ってきた特戦隊のメンバーも、ギニューに抱きつく少女の姿を見てぽかんと口を開けて立ち尽くす。
やや舌足らずな仔猫のような声で、少女は嬉しそうに叫んだ。
「おとうさま!」
「なっ……!?」
「おとうさま!あいたかった!」
少女はギニューの脹ら脛に愛しげに頬をすり寄せてくる。
暫くギニューは呆然としていたが、我に返ると困惑しながら尋ねる。
「お前は……いったい何者なんだ?」
少女は色素の薄い瞳を瞬かせてから、胸に手をあてて誇らしげに名乗った。
「・!」
ギニュー特戦隊一同は、と名乗る少女をただただ呆気にとられて見つめた。
薄暗い部屋の中。少女の裸足の足元に転がる杖に、王家の紋章が鈍く輝いていた。
名前変換が一箇所しかありません。
コスモオイルの元ネタは心も満タンになる例のアレ。