牛乳一家│第二話 特戦隊と姫


 『はい、プチーノ星人は生まれて初めて見た相手を自分の親だと認識します。いわゆる「刷り込み」ですね。「刷り込み」を行う年齢が高ければ高いほど親に忠実に従うという理由で、子供は生後すぐに目隠しをされ、ある程度育ってから親の顔を見せるそうです。逆に親が仮面を被って顔を隠して子育てする事もあるようです』

 「そ、そうか……」

 『ところで、何故それを気にされたので?制圧予定日は明日迄ですが順調ですか?』


 通信部隊の隊員はのんびりとした口調で問いかけてきた。向こうは何とはなしに確認をしているだけなのだが、ギニューには地雷の質問だった。


 「いや!!気にするな!制圧はもう終わったに等しい。ご苦労だった!」


 ギニューは早口で捲し立てると通信を切断する。
 痛む頭をおさえて振り返れば、目を輝かせて見上げてくる少女の姿がある。

 長い間閉じ込められていた少女の肌は、血管が透けて見えるほど白い。色素も全体的に薄く、儚げな雰囲気を纏っている。星を散りばめたように輝いている瞳が唯一、強く存在を主張していた。


 「おとうさま、おはなしおわりましたか?」


 お父様。

 そう呼ばれた瞬間、ギニューの眉間に深い皺が寄る。
 見かねたバータがしゃがみこんでと目線を合わせて(といっても、バータの背が高すぎるのでは見上げなければななかったが)尋ねた。


 「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはどこの誰なのかな?」

 「といいます!プチーノ星のだいいちおうじょです」


 は臆することなく溌剌と答えた。

 第一王女の言葉に、バータはギニューに目配せをする。ギニューは疑わしそうな表情で首を振った。
 プチーノ星の王に、子供がいるというデータはない。

 バータは再度と目を合わせると、更に尋ねる。


 「そうかいそうかい。ちゃんのお父さんは誰かな?」

 「おとうさまです」


 はギニューを見上げてふにゃりと笑った。ギニューはの視線を避けてそっぽを向く。
 バータは辛抱強く質問を重ねた。


 「あー、じゃあお父様の名前はなんていうのかな?」

 「おとうさまのお名前は……」
 

 はたどたどしく、プチーノ星の国王の名前を口にした。
 嘘をついている様子は見られない。
 

 「なんだなんだ、隠し子か?」

 「俺たちにとっては都合がいいんじゃないか?」


 コスモオイルを手に入れる希望が見えてきたので、ジースとグルドは声を明るくさせた。
 リクームは玉座の間から剥がしてきた王と妃の肖像画との顔をしきりに見比べていた。描かれている妃の目と髪は、のそれと全く同じ色をしている。
 は考え込んでいる特選隊のメンバーを不思議そうに見回し、バータに視線を戻して首を傾げた。


 「おにいさんはおとうさまのおともだちですか?」

 「オレか?オレはな…?」


 バータは不敵に笑うと立ち上がり、から少し距離をとった。腕を十字にクロスさせ、片膝をぐっと伸ばす。


 「ギニュー特戦隊の青いハリケーン!バータ!!」


 声高に叫び、見事にファイティングポーズを決めてみせた。
 は目を丸くしてバータを見つめる。


 「とくせんたい?」

 「ああ!ギニュー隊長率いる宇宙一のエリート部隊だ!」


 バータはギニューを指した。ギニューは条件反射で腰を落とし、腕を大きく広げた。
 堂々とファイティングポーズをとると名乗りを上げる。


 「ギニュー特選隊隊長!ギニュゥウウウ!!!」

 「……ギニュー?」


 はバータとギニューを交互に見つめてから俯いて考え込む。
 記憶している父の名前と、刷り込みによって父と認識している相手の名前が違っているので戸惑いが生じたのだろうか。
 しかし、はすぐに顔をあげてギニューを見上げて平然と言う。


「おとうさまはなまえがかわったんですね」


 ギニューの顔にはありありと否定の二文字がちらついていたが、それを口にすれば自分が「おとうさま」と呼ばれたのを肯定する事になってしまう。


 「おとうさまはギニュー……とくせんたい……おとうさまの……」


 すでにはバータが何者なのかという疑問に考えを移していた。父の名前が変わった理由等には興味がないようだ。
 暫く考え込んだ後、そうか!と言わんばかりに両手を打って叫んだ。


 「おにいさんはわたしのおにいさまなんですね!」

 「いや、そうじゃなくてだな……」

 「バータおにいさま!」


 花がほころぶような満面の笑顔ではバータに抱きついた。
 星を散らした瞳と視線がかち合い、バータは言葉に詰まる。

 気がつけば、つい手を伸ばしての頭を撫でていた。は目を細めて気持ちよさそうに撫でられる。
 おにいさま、という響きを脳内で反復させる。心が浮き立ち、妙な嬉しさを覚えた。
 
 ……悪くないかもしれない。

 ジースが横からやってきて、の顔をまじまじと見た。


 「ふうん、なかなか可愛いんじゃねぇの?」

 「なんだよジース、お前ロリコンか?」

 「違えよ!オレは一般的な意見を述べただけだっつの!」

 「ムキになるところが怪しいな」

 「ケンカですか?」


 ジースの不機嫌な表情を見て、は眉根をさげて二人を見やる。瞳が潤み、今にも涙を零しそうだ。
 バータとジースは慌てて笑顔を作って肩を組んだ。


 「違うぞ!ちょっとからかっていただけだからな!」

 「そうさ!こんなことでケンカなんてしないぞ!」

 「よかったぁ」


 の顔に笑みが戻る。
 清みきった無邪気な笑顔に二人は胸をうたれた。
 フリーザの手となり足となり、銀河を駆け回り、数多の星の民を滅ぼしてきた。
 彼等に向けられるのはいつだって恐怖や怒り、絶望の表情だ。
 久しく向けられたことのない無垢な笑顔に不覚にも癒された。


 「なぁ、俺のこともお兄様って呼んでみてくれ」

 「ジースおにいさま!」

 「オレが先に話してたんだぞジース、横入りするなよ」

 「オレはリクーム」

 「グルドだ」

 「おいお前ら……」


 の周りに群がる戦隊員達を見てギニューはため息をつく。遠巻きに見ていたリクームとグルドも自分達を怖がるどころか、好意的に接するに興味を示して頭を撫でたり手を握ったりと構い始めた。


 「リクームおにいさまに、グルドおにいさまですね。すてきなおにいさまができて、わたしとってもうれしいです!」

 「そうかぁ〜お兄しゃまも嬉しいわよ〜」


 はリクームの太い指を両手でしっかと握って握手をしている。リクームは油下がった顔での手を優しく握り返し腕を上下させた。
 その様子を無言で見ていたバータが表情を引き締めてギニューに向き直る。続いてジース、リクーム、グルドも一斉にギニューに詰め寄った。
 

 「隊長!養子にするっていうのはどうでしょうか!」

 「そうですよ隊長!俺達にも都合いいじゃないですか!」

 「可愛いし戦闘力もガキにしてはまあまあだし、いいんじゃないでしょうか隊長!」

 「ちゃんと世話しますから、いいでしょう隊長!」

 「ふ、ふざけるな!オレ様にこんな大きな子供がいるなんておかしいだろう!」

 「「「「おかしくありません絶対に大丈夫です」」」」

 「なんだと!?」

 「ですから、養子にしちゃいましょう!」


 一丸となって説得してくる部下達に流石のギニューもたじろぐ。
 押され気味のギニューにバータがとどめを刺した。


 「どうするにせよ、コスモオイルの抽出装置を動かせるのはこのガキだけですよ。形だけでも親子ってことにしといた方が扱いやすいんじゃないでしょうか」

 「むう……」


 ギニューは腕組みをし、考える。
 コスモ星人の生き残りは以外にはいない。しかもコスモオイルの装置を動かすことができる唯一の王家の血筋。利用する他ない。それ以外の手立ては残されていない。
 親愛と敬愛の眼差しで見上げてくる小さな少女を見、真剣な表情の部下達を見、最後に目を閉じてフリーザの姿を思い描く。
 出発前に意気揚々と「必ずやコスモ星を制圧して参ります」と答えたのはギニュー自身だ。

 ギニューは今日一番の深い溜息をつき、覚悟決めた。


 「……仕方があるまい。よしっ、!今日からお前はこのギニュー様の娘となるのだ〜ッッ!いいか!オレの娘になるのだったらそれなりの振る舞いは身につけてもらうぞッ!」

 「はいっ!おとうさま!」

 「いい返事だ!お前達もあまり甘やかすんじゃないぞ!」


 はい、分かりました!と戦隊員達は各々返事をすると「良かったな」との頭を撫でくり回し「オレにも抱っこさせろ」と楽しそうに可愛がり始めた。もみくちゃにされつつも楽しそうにしている義理の娘を眺めながら、ギニューは一人考え込む。
 何といってフリーザにを紹介すればいいのか、他のフリーザ軍の部下達にどんな目で見られるか。


 「おとうさま」


 バータに肩車されたは、そんなギニューの悩みに気がつくことなく笑みを浮かべて手を振っている。

 ……まぁ、それを考えるのにはまだ時間の猶予がある。

 ギニューは義理の娘に手を振り返しながらバータに歩み寄る。
 まずは、父親の自分を差し置いて抱っこをした部下に軽くお仕置きをしなければならない。


 既にギニューは父親を気取る気満々になっていた。

もしもギニュー特戦隊が家族だったらどうなるか。
きっと隊長以外は妹を猫可愛がりする。