fly℃│第一話 フライングの冒険
2013年はドラゴンボールの年なんです。
ドラゴンボールファンの皆さん、如何お過ごしでしょうか?
あと1ヶ月で上映開始の映画に心踊らせ、ハチャメチャが押し寄せてきているのではないでしょうか。
私は既にスパーキングしそうです。
こんにちは、です。
2月最終日、私はゲームショップで某ゲームを受け取り、ケンタッキーにて予約していたあのセットを手にしていました。
そう、あのセットです。
光るドラコンボトルコンプリートセット。プラス、今日からスマイルセットのドラゴンボールの玩具が第2弾になったのでスマイルセット4つ。
箱が大きすぎて入る袋がないんですって。神龍と悟空がでかでかと描かれた箱と、ポスターと、チキンで両手が一杯です。
このポスターは、スタンプを集めてドラゴンレーダーが当たるキャンペーンに応募すると先着順に貰えるポスターです。
家に帰ったら壁に貼るんだ……!
私はコレクターではないので、フィギュアやポスターは保存より飾って楽しむ派です。
ドラゴンレーダー当たるといいなぁ。もし当たったら学校中にドラゴンボール隠して皆でドラゴンボール探して、校庭でエア神龍呼び出して、ギャルのパンティを最上階から校庭に向かって投げます。
そんな楽しい想像に浸りながら帰路に着いていた筈なのに、どうしてでしょうか。
家へと続くトンネルを抜けたら、そこは見たこともない森の奥でした。
澄みきった青空が、黒々とした広葉樹の枝の隙間から見えます。
瞬時に振り返りましたが、数秒前まで確かに歩いてきていたコンクリートの道は消失していました。トンネルも跡形もありません。
「ええええええええ!!?」
私の大声に近くの木に止まっていた鳥が一斉に飛び立っていきました。
やたらと大きな鳥影が不安を更に駆り立てます。ご近所では見たことのない大きさの鳥です。
ここどこですか!?
見渡す限り、広大な大自然。
道を尋ねようにも、尋ねる道がありません。人に会うことすら難しそうです。
途方にくれて立ち尽くしていると、地面が震え始めました。
ドシン、ドシンと内臓にまで震動が伝わってきます。
地震にしては不自然な揺れ方です。後ろの木立から枝か折れる音が聞こえます。なんか唸り声も聞こえます。
振り返りたくないです。
頭上から落ちる影が濃くなりました。
俯いた視線の先に液体が滴り落ちてきます。
意を決して、振り返ります。
「グルルルルル」
巨大な恐竜が唾液を滴らせて立っていました。鋭い牙がびっしり生えた口は私を飲み込むのに丁度良さそうな大きさです。
ティラノサウルスそっくりです。
私はタイムスリップをしたのでしょうか。白亜期到来です。
恐らく、フライドチキンの匂いに釣られてやって来たんでしょうね。
フライドチキンの匂いって空腹の胃袋を刺激しますものね。
これチキン献上したら逃がしてくれますかね。無理そうですね。
「ガァッ!!」
恐竜が予備動作なしに食らいついてきました。
咄嗟に横とびで回避。大きく削り取られる地面。
人間、生命の危機に陥ると体が動いてくれるんですね。
血走った瞳が私を真っ直ぐ捉えます。次の咀嚼が来る前に、木々の間に走り込みました。
木々にバリケードの役割を期待したのですが無駄でした。ウエハースの様に大木が折れていきます。
「きゃああああ!!!」
倒れてくる木を避けて右往左往して逃げ回ります。
こんな状況でもポスターが折れないように気を配る私はドラゴンボールファンとして胸を張っていいのか、よっぽどの馬鹿か、どっちなんでしょう。
倒れてきた木に逃げ道を塞がれ、方向転換した方向に恐竜が回り込んできました。
詰みました。
生臭い息が顔にかかり、牙が迫ります。
思い出が走馬灯のように脳裏を過っていくのを見ながら、目の前の恐怖から目を瞑りました。
ああ、全然親孝行できていない……お父さんお母さんごめんなさい。死ぬ前にドラゴンボールの映画見たかった。
揺れる地面に崩れて、チキンと一緒に食べられる瞬間を待ちました。
…………。
………………?
待てど暮らせど、食べられる様子がありません。
目を開けたその瞬間に美味しく頂かれてしまったらどうしましょう。
恐る恐る目を開けると、恐竜が白目を剥いて伸びていました。
巨体を地面に横たえてぴくりとも動きません。
……何が起きたのでしょう。
「よぉ!でえじょうぶか?」
底抜けに明るい声がしました。
暖かな響きの優しい声でした。
目の前に、山吹色の胴着の男の人が降り立ちました。筋肉隆々の逞しい腕が剥き出しです。明日から3月ですが、まだ寒いというのに。
その人は地面にへたっている私に手を差し伸べて立たせてくれました。
しゃんと立ち上がれた私の様子を見て、その人はにかっと白い歯を見せて笑いました。
「怪我してねぇみたいだな」
その人は……正にヒーローと呼ぶのに相応しい人でした。
「1人でこんな山奥歩いてると危ねぇぞ。……どうした?どっか痛いか?」
不安で張り詰めていた心がその一言で一気に弛んで、号泣してしまいました。
安心したのと嬉しさと感激とで泣きじゃくっている私を見て、ヒーローは……孫悟空はオロオロしながら頭を撫でてくれました。
どうやら私はタイムスリップで白亜期に飛ばされたのではなく、異世界に来てしまったようです。
「助けてくださってありがとうございました……!このご恩一生忘れません!」
たっぷり泣いて、ようやくまともに話せるようになったので、まずお礼を言います。
悟空です。生悟空です。
なんというか……もう、カッコいい。
首も肩もがっしりしていて、頼れるオーラが全身から放たれています。超カッコいい。もう呼び捨てで呼べない。悟空さん、寧ろ悟空様。
幼い顔つきを凛々しい眉毛が引き締めています。これは惚れる。
「気にすんなって!」
見せる笑顔は天真爛漫。
なんというか、母性本能を擽られる可愛さ。魅了されます。
「なんかいい匂いがしたから来てみただけだしな!」
この人もチキン目当てか。
そういえば犬並みの嗅覚もっているんでした。
「良かったらどうぞ。助けてもらったお礼です」
コンプリートセットのおまけについていた(ボトルがおまけでしたっけ?)チキンを箱ごと差し出すと、悟空さんは目を輝かせて受け取りました。
「おっ!サンキュー!」
フライドチキンに笑顔でかぶりつくその姿!もうこのままCMに使える!!
本家のCMより美味しそうに見える!
「うめー!」
見ているこちらまで笑顔になってしまう食べっぷりで、あっという間に6ピース完食。
「はーうまかった!」
口元の油を手で拭うのを見計らって、空っぽになった箱を受け取りました。軟骨まできれいに食べ尽くされて見事に骨だけになっています。
「ところで、おめえこんな所で何してたんだ?」
「家に帰ろうとしたら道に迷って異世界へ来ていました」
「へ?」
正直にありのままを伝えると、悟空さんはキョトンとしていました。
そりゃあそうだよね!いきなりこんなこと言ったら何言ってるのこいつってなるよね!
でも納得させられるような話なんて思いつかなかったんです。
何度も何度も、繰り返し事情を説明します。
まず、異世界の存在を信じて貰わなければならなかったので苦労しましたとも。
異世界では悟空さん達の活躍が本になってるんですよ、悟空さん達は本の登場人物なんです。いっぱいグッズが発売されるくらい大人気なんですよ!ほらほら見てくださいよこれ。
と、ドラゴンボトルセットの箱を見せながら説明したら「オラがいる!」と驚きつつ納得してくれました。
これであっさり信じてくれるあたりが悟空さんらしい。
ぐごごごごごごご……
「……雷みたいな音でしたね」
「ははははっ!オラ、腹減っちまった……。難しい話は後にしてよ、とりあえずオラの家でメシにしようぜ!」
悟空さんはお腹が鳴ったのを笑って誤魔化すと、ひょいと恐竜の尻尾を掴んで空に浮きあがりました。
さっきフライドチキン食べたばかりなのに……。
サイヤ人の胃袋怖い。
「その恐竜どうするんですか?」
「ああ!こいつうめえんだ!」
……食べるんですか。
一歩間違っていたら、私は恐竜の胃袋にインしたまま悟空さんに食べられていたかもしれません。
家に招待してくれるということで、お言葉に甘えて連れていって貰います。
恐竜と一緒に運んでもらう事になり、恐竜の背中によじ登って座ります。
初めての舞空術体験が恐竜の死骸と一緒に運ばれるって……ロマンがない……。
パオズ山の大自然を見下ろしながらの空の旅は、恐竜の死骸にしがみついている事実を除けば最高でした。
……まだ生暖かいです。
「そういや、おめえの名前聞いてなかったな。知ってるようだけどよ、オラは孫悟空だ」
「です、。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな!」
キャーー名前呼ばれたーー!!
録音!ICレコーダー!いや寧ろ動画!
にやける顔を隠して悶えます。
私、本当にドラゴンワールドに来たんですね!
悟空さんの家って事は、チチさん悟飯さん悟天君に会えるってことですよね野沢様の声に囲まれるって事ですよね。
どうしよう、正気を保っていられるんでしょうか。
森の中に若草色の広場と丸い屋根の家が見えてきた時、ふと疑問が浮かんできました。
……そういえば、今ってエイジ何年なのでしょう?
友達に口調が似てしまいました。