ケモノ道│第一話 まずは自己紹介

大学でも最初の自己紹介とかやるんだ…。
嫌だなぁ。

人前に出て話するとか超苦手なのに。
面接だって高校の先生に何十回も付き合ってもらって練習に練習を重ねてようやく本番に望んだというのに。

さながら、休み時間のような賑やかな雰囲気に包まれた講義室で俺は沈黙した。

「ハナダ第一高校から来ました、ミズキです。高校で部活はバレーボールやっていました。よろしくお願いします」

ミニスカートのかわいい女子生徒が朗らかな笑みを浮かべて席に戻る。
人懐っこそうな男子生徒がいつの間にか司会をしており、講義室の生徒を次々と指しては自己紹介を促していく。学園長の特徴的な口調を真似て大げさに指名するものだから、指名するたびに笑い声があがる。
ちなみに今は授業中である。なのに何故このようなだらけた空気につつまれているのかというと、この講義を担当するはずだった教授に急な来客がはいってしまったせいだ。戻ってくるまでの時間で自己紹介をすませておきなさいと言い残した教授は慌しく講義室を出て行った。

皆そつなく無難な自己紹介を終えていく中、俺は身を強ばらせたまま沈黙する。
自己紹介だの、自己PRだの、面接試験だけで十分だ。面接ならまだ目的がはっきりしているから、いい。たまたま同じ授業をとっただけの相手に、何を紹介すればいいんだ。
このまま黙って座っていればやり過ごせるかもしれない、と縮こまっていた俺の考えは甘かった。司会の男子生徒が俺を指して自己紹介するように促す。
あれよあれよという間に前に引きずり出され、気がつけば好奇の眼差しの中心に立たされていた。
全員の視線が俺に突き刺さっている。興味深げに見上げている奴もいれば、なんとなく目を向けているだけの奴と様々。しかし誰一人退屈そうに欠伸をしたり、こそこそポケギアだのポケナビだの携帯だのいじる奴はいない。
まぁ、当たり前か。
なんたって、ポケモン学会への登竜門、タマムシ大学の新入生達だものな。

みんな真面目だな・・・・・・俺の紹介なんて興味もたなくていいのに本当に聞き流してくれていいのに寧ろスルーして順番飛ばしてくれたっていい。気乗りしないまま立ち上がり壇上へあがる。一呼吸おいて、口を開いた。

「トドロキ・マシロ、タマムシ総合高校出身です。専攻は理学部を考えています……よろしくお願いします」

……あ、もう話すことない。なんてつまらない人間なんだ俺は。

入っていた部活動くらい言えばよかったか。どのサークルに入るとか、出身の地方や町とか言えることが結構あったかもしれない。でも俺、タマムシ出身のタマムシ育ちだから改めて言っても面白みの欠片もないよなぁ。紹介が終わってしまったので席に戻ろうとしたが、クラスメイト達のどよめきと司会進行をしていた男子によって阻まれてしまった。

「トドロキって、もしかして入試で一位とった奴!?」

俺の肩をがっしり掴んで司会の男子生徒が叫ぶ。
耳元で叫ばれたせいで頭の芯まで声が響いた。う、うるさい・・・。

「……あぁ」

ぎくしゃくと首を縦に振ると、おぉっとあちこちから声があがり拍手までされた。
やめて恥ずかしい居たたまれない。
凄いな、天才だ、フーディンかと賞賛の声があがる。

完全に運が良かっただけだった。
たまたま前日に読んだレポートが試験に出て、カンを頼りに選んだ選択問題の解答が全て当たった。今年の受験者の9割が引っかかったという引掛け問題は、タマムシ大学の卒業生だった英語教師が授業中に小ネタとして話していたもので答えを知っていたのだ。

確かに奨学金は欲しくてたまらなかったから勉強は頑張った。特待生になれなかったらとてもじゃないがこんな高い授業料払えない。しかし、入試で一番になったのは本当にまぐれだ。
そんな心の声をぶっちゃけることが出来たらどんなに楽か。間違ってもそんな暴露はできない。
既に俺のポッポハートは瀕死状態だ。

「へー、ガリ勉には見えないのにな。人は見かけによらないな」

司会の生徒は俺の顔をまじまじと見ながら呟いた。

俺が密かに気にしている事を容赦なく……!

明るい茶色に染めた髪、特に運動もしていないのに無駄にしっかりとした骨格のせいでガタイがよく見える体躯。
身長はあまり高くないし、どちらかといえば童顔だ。
だが、睨むだけで人を殺せそうな生まれついての三白眼のせいでどう見ても素行不良な悪ガキにしか見えない。
昔からの付き合いの友人からは「オニスズメの方がまだ可愛げがある」と揶揄されてきた。
タマムシ大学の面接試験を受ける際、この目つきの悪い顔で落とされることを危惧した俺は、考えた末に伊達メガネをかけてみた。できるだけ真面目そうなイメージの縁メガネ。この苦肉の策のお陰でだいぶ雰囲気も緩和されたかと思ったんだが…無駄だったようだ。

「タマムシ大学より、ロケット団にいそうだな!」

こいつデリカシーねぇ!!

心中で叫んだが、それは誰にも届くことなく講義室を包んだ笑い声に完全にかき消されてしまった。
俺にできたのは曖昧な笑顔を浮かべてお茶を濁すことくらいだ。
司会の男子は俺の内心に全く気付かぬ様で俺の肩を掴んだまま自分の自己紹介をはじめる。

「トキワ私立高校、マサラ出身のハルタです!!好きなものはポケモンバトルとエリカ先生!エリカ先生の授業がとりたくてこの大学に入りました!エリカ先生ラブ!」

でも、彼女は募集中だからよろしく!と高らかに宣言した。


自己紹介はハルタで最後だったようで、気が付けば、他の生徒達は何グループかに分かれて雑談に興じていた。
司会をやっていた男子、ハルタも手近なグループに乱入して当たり前のように喋りはじめる。何故か、俺の肩を掴んだまま。引きずられるようにして空いている席にハルタと共に腰を下ろす。
正直、ハルタのこのノリについていけない。しかし、一人で他のグループに入り込む勇気も持ち合わせていない。成り行きに身を任せ、そのままグループの輪に加わった。

「最初から飛ばしたな」

ひょろりと背の高い男子生徒が苦笑を浮かべつつハルタに話しかけた。穏やかで真面目そうな細面の顔がいかにもタマムシ大生といった雰囲気を醸し出している。その生徒の顔には見覚えがあった。確か名前は……サンザシ。

「やあ、トドロキ。入試の時に隣の席だったの覚えてる?」

「覚えてる。そういえばトキワ私立から来たって言っていたよな。ハルタとは高校からの知り合いなのか?」

「いや、5歳から。腐れ縁なんだ」

そう言って横のハルタを見やる。ハルタはおい、ちゃんと友達って言えよと笑いながらサンザシを軽く肘で突っつく。

初対面でないのはハルタとサンザシだけで、他のメンバーは皆出身の地方も町もバラバラだった。どの学部を専攻するか、どのサークルに入るか等を話している。俺はもっぱら聞き役に回りふんふんと頷きながらたまに質問されたことを答えた。
ハルタは理学部専攻らしい。なんか雰囲気から勝手に文学部かと思っていた。

「なあなあトドロキも理学部専攻なんだろ!?やっぱりさぁ、携帯獣環境科学とるよな!?なんたってジムリーダーのエリカさんの授業だもんな!!」

別にジムリーダー(エリカさん)目当てじゃないんだけどな……と思いつつも、授業は確かにとっていたので頷いた。

「うん。体験授業でもめっちゃ人集まってたし、やっぱり凄いなジムリーダーって」

タマムシ大学は入学前に新入生向けに行う、二週間の体験授業がある。大抵の生徒はそれを受けて入学後どの授業をとるか参考にする。
タマムシ大学は世界でも有数のポケモン学者や教授が教鞭を篩っていて、さぁ選びなさいと言われても選びきれない程魅力的なカリキュラムが用意されている。

人気の授業は好成績を残していようが抽選を通らなければ受けることができない。この体験授業は入学しても受けることができないかもしれない教授の授業を、選り取り見取りで学べる貴重な機会なのだ。
今回の体験授業では、メディア等でも大きく取り上げられているオーキド博士のポケモン講座が人気を集めていた。俺も運良く講座を受けることが出来たが、なるほど、とても興味深かった。

オーキド博士の講座は大学が博士を招いた時に稀に行われるだけなので、入学しても受けられるかどうか全く分からない。オーキド博士の授業を受けられたのは本当に良かった。

話が逸れてしまったが、タマムシジムのジムリーダー、エリカさんはタマムシ大学の教授だ。美人で頭が良くて、物静かで優しい。生徒(特に男子生徒)から絶大な人気がある。

「あっ、オレも体験授業受けた。エリカさん美人だったよなー!美人でポケモンも強くてさー」
「俺も俺も。でも予想以上に授業難しかったから授業とるのは諦めたわ。その気になれば授業以外でもタマムシジムで会えるじゃん」
「お前の実力じゃあ、エリカさんに会う前にジムトレーナーに負けるに決まってるって」
「この前挑戦した時はいいところまでいったんだって!」

会える、会えない、じゃあ今度ジム挑戦しようぜ、望むところだ。
目的がジムリーダーに勝利ではないジム挑戦って動機が不純すぎるだろうと思ったが、盛り上がっているハルタ達を前にして言える訳もなく。

「トドロキは他にどんな授業とってる?」

「後は進化生物学とか…」

「俺の時間割はこっち」

「この授業しか被ってなくねぇか」

「マジか。残念だなー。オレはふたつ被ってる」

「仕方ないか。携帯獣心理学は趣味みたいなものだからさ」

「そうなんだ。俺も似たようなものかな。サンザシって医者志望?」

「そ。人の医者だから、来年はトドロキと授業被らないかもね」

周囲にいた何人かが話しかけてくれたので、これ幸いと話に加わる。なかなか話も合いそうな面々だ。よかった、友達ちゃんとつくれそうだ。

「じゃあ、俺とお前のどっちが強いかポケモン勝負で決めよう!」
「望むところだァ!!」

ハルタともう一人の大声に振り返ると、2人は教壇の前でモンスターボールを手に対峙していた。
ポケモン勝負の言葉に反応して、クラスメイト達は興味津々で2人の行く末を見守っている。中には早く勝負を始めろと煽る者もいた。
サンザシが慌てて立ち上がり二人の間に割って入る。

「おい、教室内でのポケモン勝負は禁止だぞ!」

「トレーナーが2人そろえば場所なんて関係ないさ!」

「お前また停学になる気か!?高校じゃないんだから、下手したら入学取り消しだぞ!」

「う、それはマズい……」

ハルタはボールのスイッチを押す寸前で、かけていた指を外した。
相手も入学取り消しと聞いて冷静になったのか、ボールを握る手をおろす。

場が収まりかけたその時、教壇の前にいる2人とは全く関係無い場所からボールの解放音が聞こえた。
そちらに視線をやれば、朱鷺色の冠羽が鮮やかな、鳥ポケモンが胸をはって存在をアピールしていた。隣に立っている男子生徒がトレーナーらしい。自慢げに翼を撫でている。ポッポの進化系のピジョンだ。

「おい、教室内でのポケモン勝負は禁止だぞ!」

ハルタがすかさず注意をする。あちこちから、お前が言うな!とツッコミの声があがった。
堂々とピジョンを披露したまま、そのトレーナーは何食わぬ顔で言う。

「教室内でのポケモン勝負は禁止だろ?ポケモン見せ合うだけなら問題ないよ」

「え…そうだっけ?」

ハルタは素早く振り返ってサンザシを見、サンザシはハルタに向かって頷いてその言葉を肯定した。瞬間、ハルタは再びモンスターボールを手にしていた。

「なら!俺のポケモンとお前のポケモン、どっちがカッコいいか多数決で決めようぜ」
「小学生レベルのポケモンコンテストには興味ねーよ」

この勝負には相手も乗り気じゃなかったらしく、ボールを腰のベルトにセットし直して俺達の所に戻ってきた。ハルタもモンスターボールを片手で弄びつつ戻ってくる。

ピジョンを出した男子生徒にならい、周囲ではポケモンの見せ合いが始まっていた。
ナゾノクサ、マダツボミといった草ポケモンが多いのは、タマムシジムの影響だろう。
机の上にはレポート用紙ではなく小型ポケモンが乗っており、足下では誰かのコラッタが臑を尻尾でくすぐって駆け抜けていく。このクラスのほぼ全員がポケモンを所有しているらしい。

「あーあ、バトルしてぇー」

ハルタは品定めするかのように周囲のポケモン達を見渡し、自分の手の中のモンスターボールを覗き込んだ。かたかたと音をたてて震えるボールはその言葉に同意を示しているのだろうか。
ボールの様子をじっと見ていたら、呼び掛けと共に背後から肩を叩かれた。振り返ると先程ハルタと対峙していた男子が後ろに座っていた。
こちらもボールを片手に持ったままだ。嫌な予感しかしない。

「トドロキ、お前はポケモンバトルってするのか?」

「いや、俺はしない」


予感的中。


「なんだぁやらないのか。……入試で一位になった奴に勝てるチャンスだと思ったのに」

勉強で負けててもバトルの腕がたてば奨学金貰えるかもしれないからなー、と言って笑った。俺も笑いを返したが、冗談じゃない。
もし、奨学金の条件に【ポケモンバトルが強いこと】なんて条件があったら、とてもじゃないが特待生になる自信はない。
口振りから察するに、相手は腕に自信があるのだろう。ポケモンバトルとは無縁な俺でも何となく分かった。
本人自体背も高いし筋肉質なので、見た目からケンカやスポーツに強そうだ。腕相撲とか得意そう。浅黒く焼けた肌を見る限り、この町の出身ではなさそうだ。

「そういえば、」

君はどこ出身なんだ?と尋ねようとして、相手の名前を覚えていない事に気が付く。

「名前なんだっけ?」

「なんだ、覚えていなかったのかよ。サブだよ、サブ」

「ごめん。サブはこの町の出身じゃなかったよな」

「俺はクチバ出身さ。クチバはいいところだぜ〜、港あるし広々してるし。タマムシは店が多くて便利だけど、ちょっとごちゃごちゃしてるな」

「そうかな……?」

長く住んでいた身としては、かなり快適な町なんじゃないかと思うんだが。植物園や公園も多いから建物が密集しすぎなのは中心街だけだし……もしかするとサブは中心街の傍に住んでいるのかもしれない。
そうだとしたら、相当リッチだ。
タマムシ大学は中心街から外れた広い敷地に建っているから中心街から通うと少し遠い。
中心街は物価も家賃も高いので、大抵は他の地方や町からきた生徒は大学の寮やタマムシ大学に近い住宅ブロックに住んでいる。俺もその一人で、タマムシ大学から二駅離れた駅前のアパートを借りている。
あのへんは農家があるから野菜が安く買えるのが魅力的だ。
中心街に住んでいるのかと尋ねたら、サブはいいやと首を振った。ちょうど俺の住んでいる住宅ブロックから間逆の場所に、アパートを借りて住んでいるそうだ。

「なんていうかな、向こうの住宅は一軒屋や平屋が多いから、背の高い建物がごちゃごちゃしているように感じられるんだよ」

俺は祖父母の家に遊びに行った時のことを思い出す。
あそこは港町ではないが、野山に囲まれた田舎町だった。3階建ての建物が一番大きかった。あんな感じだろうか。

もっと詳しく聞こうとして口を開きかけたのと同時に教授が教室に入ってきた。
さながら育て屋のごとくポケモンの溢れる講義室を見た教授は、生徒達を一喝して授業ではなく説教を始めた。

休み時間にポケモンをボールから出すのは自由だが、授業中に許可なく出すのは当たり前だが禁止されている。
たまたまポケモンを出していなかった俺、ハルタ、サンザシ、サブを含む数人を除いて反省文と通常の2倍の課題が罰として言い渡された。

そもそもの切っ掛けをつくったのはハルタとサブであった為、教授の退室後に恨みがましい視線をクラス中から向けられた。
居た堪れなくて小さくなっている俺とサンザシを余所に、課題少なくてラッキーとか暢気に話しているバトル馬鹿達。

こちらは説教中に「トドロキ君たちを見習いなさい」等と教授に引き合いに出され、針の筵に座る心地だったというのになんとマイペースな奴らだ!

険悪になっていく講義室の空気にとても耐え切れず、サンザシと馬鹿2人を引っ掴んで逃げるように講義室を後にした。

これが切っ掛けで4人で行動する機会が増えたのだが、唯一常識人なサンザシとはこの授業しか被っておらず、俺は出る授業の先々でハルタとサブに巻き込まれる羽目に陥ったのだった。

オリジナルキャラクターばかりで申し訳ありません。
タマムシ大学の授業制度、街に電車が通っている等オリジナル設定です。
二話以降からは原作キャラクターも登場いたします。